以前、私は、生き別れや行方不明になった親子を探し出すという番組をよく見ていた。対面するまで、お互いのそれまでも人生をわかりやすくイメージ化して、我々に伝えてくれる。そして感動の対面・・・といくわけだが、ただ私が気づいたことが一つだけある。離れ離れになった親子の気持ちがそれぞれ共通していることを。
・・・ある日、
どうしても離れなければいけない理由によって子を見放した親。時は流れ・・・、親は自分の犯した罪を償うために子供の将来のためにも逢わないでおこうと強く決心する。しかし、子は既にそのことを許している。逢うことを切望している。
・・・またある日、
自分の将来を確かめるために、自らの意志で親の元を離れた子。また時は流れ・・・どんなに親不孝であるかを認めた時、子はその罪によって親に逢うことを躊躇する。しかし、親は既にそのことを許している。逢うことを切望している。
親と子の対面。
何万語にも及ぶ沈黙のコミュニケーションが交わされた後、抱き合いそして涙する。「ごめんなさい・・・」と。どんな状況でも親と子は強靭な「絆」で固く結ばれている。調教における主従との関係がこのように強い絆で結び付けられたらなと思う。調教を受けた後に落ちる涙もその絆を一瞬でも感じたからだろう。貴女が背負っている罪はなんだろうか。貴女が気づいていないだけで時が経てば経つほど周りは既に許しているのかもしれない。見失った絆を再確認するためにも・・・。2002.7.22 heartz